お彼岸におはぎはなぜ食べる?意外と深い理由と歴史があった!

お彼岸におはぎ、当たり前のようですが、なぜお彼岸におはぎを食べるようになったか?
ってよく知りませんよね。

どうしてだろう?って調べてみたら、
そこには意外と深い理由、歴史がありました。




お彼岸におはぎを食べるようになった歴史とは?

おはぎって、小豆(あずき)のあんこでできてますよね。

別名、「中飯ぐるりあん」なんて、誰かがしゃれたことを言っていました。

なるほどって思いませんか?

話はそれましたが、

おはぎのその歴史は古代にさかのぼります。

古代から「朱色」は「魔除け」の力があると信じられていて、

小豆は朱色なので、魔除けの力があると信じられ、

小豆は「祝いの席」「儀式の席」では、捧げられてきた

という歴史があります。

小豆は縄文時代の古墳からも発見されるくらいなので、

古代から、生活に欠かせない食べ物でした。

平安時代になると、

平安時代は陰陽師にみられるように

特に験担ぎや占いをとても重んじる時代となります。

平安時代は、「小豆の朱色で災難が降りかからないように出来る」

と信じられていて、

小豆を食べる事で

・邪気払い、

・けがれ払い、

・たたり払い

の効果が有ると思われていたんですね。

このころ小豆を使ったおはぎの原型ができるわけですが、

当時砂糖は、日本では作られていない超高級品

初は食用でなくて、として輸入されてました。

なので、当時のおはぎは、砂糖は使っていなかったわけです。

江戸時代中期以降、

やっと九州と沖縄を中心に砂糖の生産が始まって、

おはぎにも砂糖が使われるようになったわけですが、

砂糖はまだまだ高級品だったので、

砂糖を入れて作るおはぎと言うのは大変な贅沢品だったわけです。

お彼岸におはぎを供える理由

お彼岸は、先祖供養をする行事です。

そこで、

邪気払いの効果のある朱色の小豆と

高級品だった砂糖

で作った「おはぎ」を供えることで

邪気払いとご先祖さまへの感謝

家族の健康を願って

墓前やお仏壇に供えるようになったといわれています。

お彼岸のおはぎには、ちゃんと深い意味があったんですね。

私が子供の頃は、甘いお菓子はあまりなくて、

おはぎは甘くておいしいので、

お菓子代わりに食べていた記憶があります。

でも、中身はご飯なので、

とてもおなかがいっぱいになりました。

ぼたもちとおはぎの違い

ちなみに、ぼたもちとおはぎ、

同じようですが、違いは何でしょう。

春のお彼岸は、ぼたもち

この名前の由来ですが、

春は、桜やチューリップなどたくさんの花が色鮮やかに咲きます。

また、春に咲く花には「牡丹(ぼたん)」があります。

あずきの粒を牡丹に見立てて

「ぼたん餅」から「ぼたもち」

になったと言われています。

秋のお彼岸は、おはぎ。

秋の七草の「萩」の花は小豆の粒と似ているので

「萩餅」→「お萩餅」→「おはぎ」

呼ばれるようになったようです。

あとがき

お彼岸におはぎを食べる深い意味があったんですね。

これからは、おはぎを食べるときに、

邪気払いと

ご先祖様への感謝、

家族の健康を祈って、

しっかり味わってしみじみと食べたいと思います。




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