気になる、ラグビー松島幸太朗(幸太郎ではない)選手とは、どんな生い立ち、両親は?

日本でのラグビーワールドカップで、すっかりラグビーファンになってしまいました。
格闘技的要素とトライにいたる俊敏な動き!

日本では、W杯日本代表史上初のハットトリックを達成した松島幸太選手。

(幸太ではないので、間違えないでね。)

何だあの髪型と俊敏な動きは!
ハーフのようなだけど、松島幸太朗って、しっかりした日本名。

いったいどこの出身で、どんな生い立ちなのか、とっても気になるので探りました。




松島幸太朗選手の出生地と両親

生まれは、南アフリカのプレトリア

父親は、南アフリカのジンバブエ人、ロドリック・ンゴロさん
母親は、日本人 松島 多恵子さん

なるほど、あの俊敏な動きは、父親のアフリカ人のDNAですね。
で、日本人母親とのハーフでした。

あの運動能力は、親譲りかと思いましたが、

父親はジャーナリスト
母親はNGOの研究員で

ラグビー関係ではなく、両親ともスポーツマンではありませんでした。

では、どこでラグビーと出会ったのでしょうか。

松島幸太朗選手の生い立ち

6歳頃までは南アフリカで生活していましたが、
小学生時代に東京に移住しました。

父親はジャーナリストで活動拠点は南アフリカ
日本では、ほとんど母親と二人暮らしで
寂しい思いをしてたと思います。

小学校時代は、サッカー好きだった父親の影響で
サッカーをしていて、
そのころの夢はプロのサッカー選手。

でも、練習がきつくなると他のスポーツに逃げたりと
我慢強く、突き詰める性格ではなかったようです。

ラグビーを始めたきっかけ

松島選手がラグビーを始めたきっかけになったのは、
中学1年の冬から、1年間南アフリカに留学したことでした。

南アフリカの国技はラグビーです。
留学中に、松島少年がラグビーと出会ったわけです。

攻めては、大柄な選手の間をかいくぐっていく、
守っては、大きな選手を小柄な選手が倒す。

これはサッカーにない、ラグビーの醍醐味です。

松島選手は、このラグビーの面白さを知って、
今までの性格から一転、ラグビーにのめりこんでいった
というわけです。

帰国して、
東京のラグビースクール(早稲田クラブ)に入り、
ラグビーの強豪、桐蔭学園高等学校に入学、
ラグビー部でめきめきと頭角を現し、

第89回全国高等学校ラグビーフットボール大会では、
準優勝。

第90回の同大会では、
東福岡高等学校と31-31の同点による両校優勝しています。

父親の死

松島選手の父親は、実は亡くなっていたんです。
松島選手が高校2年のときです。

ジャーナリストだった父親は、
故郷で、内線と貧困と人種差別を経験したことから
アパルトヘイト(人種隔離政策)問題に
積極的に取り組んでいたようです。

母親も、NGOの研究員として
アパルトヘイトなどの人権問題に関わり
南アフリカに渡って父親だった
ロドリックさんに出会ったわけです。

父親が亡くなった死因は不明で、
現地で、「ジャーナリスト謎の死」
と報じられています。

松島選手には、失意のどん底にあったと思いますが、
それを救ったのがラグビーですね。

高校卒業後の経歴

高校卒業後は、
南アフリカの強豪ラグビーチーム、
シャークスの下部組織に2年間在籍。

3年目に南アフリカのU-20代表候補になりましたが、
「日本代表になって、強豪国に勝ちたい」と辞退しています。

松島選手は、子どものころに
すでに日本国籍を取得していますし、
日本人として活躍したかったんですね。

帰国して、
2014年、サントリーサンゴリアスに加入
2015年のラグビーワールドカップ、日本代表になりました。

2019年の同大会で、知ってのとおりの大活躍
日本代表史上初のハットトリックを達成しました。

松島選手の好きな物

それは、「酢」だそうです。

餃子には酢しかかけないし、
ラーメンやカレーなど
どんな料理にも酢をかける。

しかも大量にかけるようで、
どんな料理もほとんど酢の味しかしないみたいです。

あの大男たちをスルスルとかわす俊敏なうごき、
圧倒的なスピード。

それに「酢」が一役かっているのかも。

あとがき

ラグビーでブルドーザーのように
相手をなぎ倒して突進する大男の選手も魅力的ですが、
スルスルスル~って大男の間を抜き去っていく
松島選手の動きにも魅了されます。

今後の活躍にもとてもワクワクしています。

関連記事




スポンサーリンク

シェアする

  • このエントリーをはてなブックマークに追加

フォローする

スポンサーリンク